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もし、この本を世界中の人が読んだ時点で世界平和が実現していなかったら私の命を差し出します。:著者

9-2:霊から授かったマニュアル

 
*『国家、政治、外交』
 
絶対に悪い国家もないし、絶対に良い国家もない。日本にも良いところも悪いところもあるように、北朝鮮にも良いと ころも悪いところもある。悪い側面にばかり眼を向け、つい、批判的なスタンスを取ってしまうのは、人間の悪いクセです。相手の「善い性質」「明るい側面」 にも眼を向けるようにすることで、対立は減らして行くことが出来ます。北朝鮮が日本の脅威になり得るのならば、北朝鮮を抑圧することを考えるのではなく、 むしろ、北朝鮮の「善いところ」「明るいところ」「楽しいところ」を探しましょう。お父さんが憎いなら、お父さんの笑える言動、妙なクセを探しましょう。 そして、彼のその特徴をあざ笑うのではなく、本当にゲラゲラ笑えばいいのです。あなたが、心を開いて明るく笑っていれば、お父さんも、やがて笑いはじめま す。お互いがお互いを「おまえ、ちょー変だよな」「おまだって相当変だよ」と楽しく笑い合うことが出来れば、国と国だって仲良くなれます。
国と国 が仲良くなりたければ、お互いの「変なところ」「妙なところ」を探して笑い合えばいいのです。言われたことに対して腹を立てずに、「ああ、言われてみれば 確かにそうだわ」と相手の言葉を受容することが出来れば、あなたはその相手と、きっと仲良しになります。「核兵器の過剰な持ち過ぎ」だって、笑えると言え ば相当笑えます。「憲法改正」だって笑えると言えば笑える。突っ込まれたら、ちゃんとボケましょう。真面目で深刻な顔をして、声を張り上げ、キリキリ議論 するのが、すべての解決方法ではありません。人生に「笑えないこと」なんてないのです。ちょっと、想像してみて下さい。各国の代表が、みんなでゲラゲラ、 腹を抱えて爆笑している国連会議。楽しそうではありませんか?
ロジックや外交、経済力、武力で出来ることには限界があります。でも「笑い」には限界がない。政治家が生真面目な仮面を脱ぎ捨て、公衆の面前でバカを笑われることが出来たら、誰もが彼の、その勇気をリスペクトするでしょう。
阿部サダオさんと菅野美穂さんが共演した『奇跡のりんご』という映画の中で、何もかもが上手く行かず、精神的に限界まで追い詰められた主人公に、奥さんが、こう語り掛けます。
 
「あんた、『笑うことは人間だけに与えられた性能』って言っていたでねえの。笑おうよ」
 
 「金」に支配された現代社会で、みんなが仲良く暮らすためには「笑いの政治」が必要です。
 
*『育児、親子』
 
  子どもが泣いたり、わめいたりしている時に、子どもを鎮めるもっとも手っ取り早い方法は、優しく抱きしめてあげることです。子どもがそれを拒絶したら、その 子の隣に、ただ黙って座っていればいいのです。子どもが自分から冷静になって話しはじめるまで、言葉を掛けてはいけません。やがて、必ず子どもは(生徒 は)心を開いてくれます。自分が辛い時、悲しい時、口先だけでいらんことを言う大人を、子どもは一番嫌います。
イライラしたら怒鳴ってもいい。子 どもの言動が腹立たしければブチ切れてもいい。でも、それが相手を思い「叱った」のではなく、自分(親)の勝手な都合やコンディションで「怒った」のなら ば、相手がどんなに小さな子どもであっても、粗暴なヤンキーでも、大人の方から、きちんと心を込めて謝らなればダメです。
「言葉の力」や「腕力」 で、子どもの気持ちを動かそうとはせずに、子どもの思いをきちんと受容してあげて下さい。「親」とは「子どもを庇護し、受容する存在」のことです。例え厳 格で、融通の利かない父親であっても、あなたが正真正銘の危機にある時、一度でも、全力で守って(庇護して)くれたことがあるのなら、その存在は、あなた にとって「本当の父親」です。また、どんなに普段優しくても、あなたが危機にある時、見て見ぬふりをするなら、それは「本当の親」ではありません。血縁が すべてではないし、例え、直接の血がつながってはいなくても、あなたを本気で庇護し、受容してくれる存在がいるのなら、その存在は、あなたにとって「本当 の父親」であり「本当の母親」です。妻が夫の「母親」になることも出来るし、夫が妻の「父親」になることも出来る。
ただ、父親は子どものために自分(の命や仕事)を犠牲にすることは出来ませんが、母親は子どもを助けるためならば、自分を犠牲にすることを厭いません。
心 を開きさえすれば、母親は必ずあなたの話を聞いてくれます。例え、50歳の子どもと80歳の母親であっても。いくつになっても、親に頼ることは、決して恥 ずかしいことではありません。老人ホームで寝たきりのまま過ごす母親も、子どもに頼られれば嬉しいのです。親に「寄生(パラサイト)」するのはよくありま せんが、いざという時、精神的なことであれば母親は必ずあなたを支えてくれます。本質的な、根源的な部分では、母親は子どもの精神を否定しません。
後ろめたい行いをしたり、犯罪を犯したり、恋人にも友人にも相談出来ないことならば、「お前なんか、母親じゃない!」と言い捨てて、絶縁してしまった母親に頭を下げて話を聞いてもらって下さい。お母さんは、必ず、何らかの形であなたを助けてくれます。
「お父さん!」と叫びながら死んで行く戦士はいません。戦地では、みな、「お母さん!」と叫びながら死に行くのです。なぜなら、子どもを受容するのは母親の役目だからです。
「何 でもかんでも子どもの言うことを受容していたら、甘えた大人になってしまうではないか」と思うかも知れません。でも「甘やかして育てること」と「子どもを 受容してあげること」は違います。子どもの言うことを全部、聞いてあげていたら、それは単なる「甘やかし」「親の手抜き」です。「受容する」というのは 「気持ちを受け止めてあげる」ということです。赤ん坊が、いつの間にか一人で歩きはじめるように、人の心も、どれだけ受容されようと、自立し、一人で歩く 力を持っています。母親の役目は、子どもの心が一人で歩きはじめるまで、子どもの心を受容してあげることです。子どもは、そして人間は、自分を受容してく れる存在を決して憎みません。それは、妻であれ夫であれ、同じです。
父親は庇護はしますが、子どもを受容はしません。むやみに父親に「受容」されることを求めない方がいい。お互いにとって、ストレスになります。父親に出来るのは、子どもの身体を守り、精神を導くことだけです。
子 どもには生まれつき「人間脳の働きが強い、理性の優った子」と「動物脳、本能の働きが強く、喜怒哀楽が激しい子」がいます。「理性の働きが強い子」は物事 を合理的に考え、理屈で納得したことならば、親の言うことも素直に聞きますが、「本能が強い子」は、嫌なものは嫌だし、いくら言って聞かせても泣きたい時 は泣きわめきます。人間脳の働きが強い子には、きちんと筋を通して納得させ、動物脳の働き方が強い子は、動物的に触れ合い、じゃれ合い、動物の親として育 てれば、伸び伸び育ちます。動物的な子どもを叱る時は、筋を通して理屈で納得させようとはせずに、ガツンと「悪いものは悪いんだ!」と、ライオンの親のよ うに威圧して構いません。その方が「良いこと、悪いこと」を本能的に理解します。
理性の優った子は勉強の得意な子に、本能が強い子はスポーツが得意な子に育ちます。逆に勉強の得意な子に頭ではなく身体を動かすことを強要したり、本能の強い子を理屈で作られた社会的常識の枠の中に無理やりはめ込もうとすると、歪んだ大人に成長してしまいます。
 
*『仕事とお金』
 
「主 夫(家を守る夫)」に掃除や料理は出来ますが、子どもの面倒を見ることは出来ません。男が身勝手だから、自己中心的だから子どもの面倒を見ることが出来な いのではなく、体質的に出来ないのです。もちろん、子どもの物理的な世話(ケア)は男にも出来ます。でも、男が本気で何かに熱中、没頭してしまったら、男 の頭の中から子どもの存在は消えてしまいます。
逆に、女性は社会の中で、人を救い、助け、面倒を見ることは出来ますが、社会の中で、競い、争い、 他を制する役割を担うことは、体質的に向いていません。戦闘的な女性も、受容性の強い男性もいますが、自分の体質を見極めた上で働いた方が良い結果を残す ことが出来ます。戦闘的な女性が保育園や老人ホームの現場で働くことは向いていないし、受容性の強い(非戦闘的な)男性が企業の社長の座に就くのは、本人 のためにも、企業のためには良くありません。また、計算高い人間に、何かを表現したり、クリエイトしたりする仕事は向いていないし、創造的な人間が事務的 な仕事をすることも向いていません。仕事は役割分担です。金のために仕事するのは止めましょう。子どもが親のお手伝いをして、お金をもらう場合も、親が子 どもの働きへのお礼としてあげるなら構いませんが、子どもが金のために親の仕事を手伝うようになったら、そのお手伝いは止めさせた方がいい。「金のために やってんだ」と思って仕事すると、仕事はどんどん苦しくなります。「この仕事は、人の役に立っている」と感じながら仕事すると、どれだけきつく、苦しく、 汚い職場でも、楽しく働くことが出来ます。バイト先や勤務先は、ブランドや条件ではなく「自分が何をしている時に、人の役に立っていると感じるか」を基準 に選ぶべきです。そうすれば、その職場での勤務は長続きし、雇い主と自分の関係を「Win-Win」にすることが出来ます。
なぜ「金(かね)」が 穢れ(けがれ)の多いものかと言うと、金は争いや戦(いくさ)を招くからです。金のない処には、無用な争い事は起こりません。必要なお金は稼がなければな らない。でも、個人の欲得で「金」を儲けるためだけに仕事をしていると、必ず良くないことが起こります。
金のためだけに生きている人の人間関係は、血族であれ、家族であれ、金の切れ目が縁の切れ目です。
 
*『地球と自然環境』
 
よ く「野生動物が生き延びるための知恵」という表現をしますが、動物は「知恵」を獲得したわけではありません。動物は、言葉、理屈、思考によって本能の働き を阻害していないだけです。人間の脳(動物脳)の中には、きちんと自然界の中で生き延びるための「本能的な知恵」は備わっているのです。ただ、その上にゴ ミがうず高く蓄積されているから「本能」が働かなくなってしまっているだけです。
また「大自然の怒り」という表現を、よくしますが、それは意識体 としての生態系が機嫌を損ねたわけではありません。生態系は自然の流れを阻害する人工物を排除しようとするから、人間の意図や企みを破壊する作用のベクト ルを持ちます。川の流れが、流れを阻害する石や岩を、水の力で徐々に徐々に削り取って行くように。
原発であれ、核兵器であれ、それが自然の流れを 阻害するものならば、やがては生態系の力によって、人間の意志とは無関係に排除されます。マテリアルとしての大自然(生態系)はマテリアルとしての人間の 都合など考えてはいないし、大自然にとっては、人間なんていてもいなくてもどっちだっていいのです。人間は「地球のことを考えてやっている、自然を思い やっている」と、生態系に対して「上から目線」ですが、生態系にとっては人間なんてゴミカスのようなものであり、ゴミカスがいくらがんばって生態系を破壊 しようとしても、生態系は勝手に自己再生し、復元します。地球上からすべての森林を伐採し尽くしても生態系は困らない。困るのは人間です。個体(個々の ファクター)がいくら破壊されようと、有機的ネットワーク全体を破壊することは出来ない。「自然のため、地球のため」「地球が泣いている」「地球を守ろ う」と恩着せがましいことは言わず「全部、自分たちの都合です」と認めてしまいましょう。
「人間が自然を気遣う」というスタンスは、リトル・リーグの小僧が、身の程を知らずに、イチローにバッティングを教えているようなもの。
子どもに意図や企みはないけど、子どもは大人の意図や企み、安易な標語、美辞麗句に洗脳されます。子どもには「エアコンの設定温度を28度にすること」を教えるよりも、「人間がいかに、ちっぽけな存在か」ということを教えましょう。
自然と共存したいなら、自然をリスペクトする気持ちを持てばいいだけです。自分が心から尊敬している人物の不利益になること、その人物から嫌われることをする人はいません。
人間が自然との共存を止め、環境を破壊するようになったのは「驕り」であり「慢心」です。
人間に今の経済、思想、暮らし、生活を変えることが出来ないならば、人間が勝手に自滅すればいいだけの話です。この地球上から人間が消えても、地球は喜びも、悲しみもしません。
も し、神にすがりたい、頼りたい気持ちがあるのなら、人間が意図と作為の元に作り出した「教祖」や「全知全能の唯一神」にではなく、「自然」と「霊」に助け を求めましょう。良い「気」の流れが出来て行けば、物事は自然とうまく運びはじめます。人類全体の「気」の流れが良くなって行けば、人類全体の気運、運勢 も上がります。
どれほど立派な平和運動、環境保護活動であろうとも、それが素直な心や純粋な優しさの表出ではなく、意図や企みとして、ロジックによって作られた行為であるのなら、人間に良くない結果をもたらします。
 
*『スポーツ、競技、争い事』
 
ス ポーツ、競技とは、一言で言えば「勝ち負け」です。男はもともと闘争本能を持っているから、勝ち負けや順位を競うことは本能的に好きだし、ナチュラルだ し、ストレスにならないけど、争うことが嫌いな女性が、勝ち負けや順位を競わなければならない環境に置かれると、ものすごくストレスになる。競うことの嫌 いな女性が「アイドル・ユニット」や「キャバクラ」で働いてはいけません。例えば、それが絵を描くことや、お裁縫、料理など、物静かな行為であったとして も、女性性が強い、パッシブな人が、その行為を競い、争うと、心にものすごく負荷が掛かる。競うことが好きな子どもに勉強やスポーツの成績を競わせるのは 「良い育児」ですが、競うことが嫌いな子どもに無理やり競わせるのは「悪い育児」。今は学歴社会、格差社会だから、人工的な生存競争のために無理やり子ど もに「がんばって闘うこと」を仕込まなければならない場合もあるけれど、もし、この世界に学校も会社もなければ、闘いたい子どもは勝手に闘うし、絵を描き たい子どもは、誰と競うこともなく、ただ黙々と絵を描いている。本来的には、それでいいのです。
かつての日本の「凧揚げ(たこあげ)」や「ゴム跳 び」といった遊びと違って、現代の子どもの娯楽は、ほとんどバトルです。生まれた時から闘うこと、競うことを義務付けられている。ポケモンも闘うし、アン パンマンも闘うし、ゲームも、プリキュアも闘います。競うことも一つの人間の本能だけど、闘うこと、競うことに無意識に慣れ過ぎてしまうと、子どもだって 疲れてしまい、自然な心が歪んでしまいます。「闘うお話」というのは、要するに「主人公が障害を乗り越え、勝つ」というだけの話です。キャラクターが変わ るだけで、物語としては単一パターンの繰り返し。そこに想像力の飛躍はありません。
子どもを東大に合格させることに情熱を燃やす親を悪いとは言いませんが、自分の子どもが、競うことを好むのか、嫌うのか、という見極めだけはしておいた方がいい。その方が、子どもは伸び伸び育ちます。
 
*『生き方、心の在り方』
 
辛 いときは、好きな芸人でも、お父さんの禿げ頭でもいいから、自分がつい、笑わずにはいられないものを見たり聞いたりして、声を出してゲラゲラ笑いましょ う。お父さんの禿げ頭だって、人を救ったり、楽にしてあげることは出来ます。時には、ダライ・ラマの言葉より、お父さんの禿げ頭の方が、生きることの役に 立つ。お父さんの禿げ頭だって人類を救済することが出来るのです。「笑いの力」は人類を平和にします。そしてお笑いのネタを考える時も、頭で理屈をこねく り回さずに、自分の自然な気持ちを言葉にした方がいい。そうすれば、万国共通の普遍的な「お笑い」を作ることが出来ます。なぜなら、言葉によって作られた 人間脳(思考構造)は人間によって千差万別だけど、動物脳の根底にある、ナチュラルな喜怒哀楽の感情は、全人類普遍だから。日本でもドイツでも中国でも、 赤ん坊が泣いたり、笑ったりするきっかけは万国共通です。
どんなものを創るのであれ、自分の自然な気持ちに「形」を与えましょう。商売をするので あれ、歌を歌うのであれ、技術に頼ることなく、意図や作為を持たないことが肝心です。また、もし、何かに立ち向かうのであれば、万端の準備を整え、「戦 (いくさ)=自己実現」に臨んで下さい。
何事に付け、一番大事なのは、理性で心を捻じ曲げたり、コントロールしようとはせずに、自分の素直な思い が何を求めているのか、きちんと見極めること。本当は泣きたいと思っているのか、はしゃぎたいと思っているのか、怒りたいと思っているのか、がんばりたい と思っているのか、好きと言いたいのか、実は憎んでいるのか。
それは、感情の赴くままに泣きわめいたり、人を怒鳴りつけたりする、ということでは なく、自分の中にある「子どもの心」を知るということ。「子どもの心」を理性で抑圧すると、ストレスになる。逆に、理性(意図、企み)を解き、素直な「子 どもの心」を開いていれば、動物脳が活性化して、パイプがつながり、例え、声は聞こえなくても、霊的な存在のバックアップを受けることが出来る。意図や企 みのない、素直な子どもの心は、笑われることはあっても、憎まれることはない。子どもは霊界とつながりやすいのです。大人になると理性が優って来るので、 消えてしまうけど、子どもの頃は「前世記憶」がよみがえりやすい。
「前世」も「死後の世界」も存在します。例え肉体が滅びても、意識としての魂が 消えてなくなるわけではない。肉体が消滅した後に、暖かい世界に迎え入れられるのか、冷たい世界に迎え入れられるのか、別の肉体を得て転生するのか、大自 然に還り、綺麗に溶けてなくなるのか・・・、それは、たぶん、今生での行いや因果、情や愛の深さによるのだと思います。
事故で突然、死んでしまっ た大好きなお母さん、「ありがとう」を伝える前に癌で亡くなったお父さん、乳離れする前に死んだ最愛の息子、自殺してしまった可愛い可愛い娘、みんな、あ なたの側にいます。あなたが心から愛した人の「霊=魂」は肉体を離れた後も、あなたを守り、支え、あなたにメッセージを伝えようとしている。
「大 洪水」は100%、来ます。でも、心配しなくても大丈夫。車が事故にあっても、エアバッグをちゃんと装備していれば、運転手(パッセンジャー)は無傷で済 むから。自動車なんてなくても、生きて行くこと自体には何の支障もない。むしろ、自動車のない生活の方が楽しく、清々しい場合もある。そして、大洪水が来 た後は、人類はやがて、一つの霊的な集合体になります。肉体があるかどうか、というのはあまり大きな問題ではないのです。「大洪水」「世界の終り」という 言葉で「それ」を表現すると、何だかおどろおどろしく恐怖感満点、パニックをあおりそうですが、むしろ「それ」は「人類のハッピーエンド」。「ようやくこ れで、荷物降ろして楽になれるね。これから楽しくなりそう!」と思って「それ」を待っていればいい。
「死」があるから、人間の人生は限定され、息 苦しく、辛いのです。狭い家の中に閉じ込められて暮らしているようなもの。そして、あなたに意思さえあれば、今すぐにでも、実はドアを開けて、家の外に飛 び出して行くことは可能なのです。どっちにしろ、もうすぐ、家、壊れちゃうんだから。
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【発行】2015年3月11日
【総ページ数】221ページ
【版元】青山ライフ出版
 
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